
◆西イリノイ州立大学名誉博士・日本通訳案内士研鑽会代表, TOEFL700の会々長。1931年8月の横浜生まれ、二ツ谷小学校卒、日米戦争の激化で疎開した小田原相洋中学校を卒業後は趣味と実益を兼ねて英語は独学、在日米陸軍司令部参謀長付の通訳から、1960年の通訳ガイド英語試験に合格、富士海外旅行社の外人旅行部次長の通訳ガイドとして、北海道の知床岬から九州は鹿児島、五島列島の奈留島まで、またロータリークラブの正会員で職業分類は外国語教育(山の手RC創立会員/小田原RC)として世界各地で毎年開催さる国際大会には日本人ロータリアンの通訳を兼ねて、ニース、ローザンヌ、ミュヘン、ローマ、シドニー、メキシコ、トロント、サンアントニオ、 アイスランドのレイキャビック、白夜の北欧諸国、シェクスピァーの故郷、スイス、イタリア、欧州諸国、ソ連の各都市、中近東、大洋州、アジア諸国、タジマハール、クワイ河、南米の主要都市、インカ帝国のマチュピチ、アルゼンチンタンゴ発祥の港町、ブラジリア、アマゾン河、イグアスの滝など、世界の国々を何度も訪れて人々の話す言葉、鳥葬などの冠婚葬祭、風俗、習慣、異文化を学ぶことができました。
◆1966年には、西イリノイ州立大学から日本史の客員教授として招聘されましたが、教えるよりも学ぶことのほうが多い日々でした。ミシシッピ河での魚釣り、リンカーン、ヘミングウェイの生家, 帝国ホテルを設計したフランクロイド・ライトの工房を訪ねたり、百聞は一見にしかず、こうして身につけた雑学が教壇でも本を書くときにも役立っています。創立1899年の州立大学から<第2外国語としての英語研修所WESL>設立貢献者のひとりとして、1977年には日本人では初めての名誉文学博士号を授与された。Honorary Doctor of Humane Letters。1975年から1978年にかけては、日本人学生の留学斡旋機関で米国人教師も雇用していた現地法人ISAバークレー語学研修所々長をつとめたので UCLAをはじめ、サンタバーバラ校、ほかUCの大学、モントレーの米国海軍大学院の儀礼訪問もできた。①西イリノイ大学の所在地イリノイ州のマッコーム ②スヌーピーゆかりのカリフォルニア州は薔薇の美しいサンタロザの名誉市民。日本では、産能短大、朝日カルチャー(立川、新宿、千葉)NHK文化センター(ユーカリが丘) 淑徳大学の客員教授、海上自衛隊の第2術科学校(横須賀市田浦)幹部専修科英語特別課程のTOEFL集中講座の講師を10年つとめたので、相模湾上の国際観艦式、観桜園遊会、日米海軍の親善行事にも参加することもできた。
◆著書は33冊あり、マグロ―ヒル、西武タイム、三修社、荒竹出版、法学書院、スクリーンプレ―社、ナビ出版より<英学事始1&2、通訳ガイド英語完全対策、TOEFL基本問題集は14刷り約5万部のベスト・セラーで、海上自衛隊2術校ではテキストに使われた。映画で学ぶ・しゃれた英語表現、TOEFLの留学、タイムでとれるTOEFL600点>などがある。日本工業新聞に1年連載した<英語こぼれ話、日本の諺>ほか13冊は電子書籍化を検討中(株)東大英数理教室の英検、TOEFLのパソコン・ソフト教材制作にも協力。現在は、佐倉市ユーカリが丘のスカイプラザ23階の住人。成田空港にも近く居間からは、初日の出をはじめ、イリノイ州によく似た眺望にも恵まれて、パソコン駆使=苦使の晴読雨読の日々を楽しんでいます。
◆2015年5月に出版の法学書院『通訳ガイド英語完全対策・改訂第5版』には<英語こぼれ話>として、芥川龍之介が漱石の推薦で横須賀の帝国海軍機関学校で英語教官をつとめたこと、新婚旅行に水陸両用機で来日し霞ヶ浦に見事な着水をしたリンドバーグ夫妻を出迎えたのは、ハーバード大学に留学し日米開戦には大反対だった山本五十六のちの連合艦隊司令長官というエピソードも紹介しました。2015年5月の西イリノイ州立大学の卒業式には記念講演をということで、イリノイ州マッコームに30年ぶりの里帰りをしました。ミシシッピー川畔のマーク・トウェインの故郷ハニバル、モルモン教の大本山ナブー, 帰途はサンフランシスコ、サンタ・ロザのスヌーピー邸を訪ねて、カナダのバンクーバー経由で帰国しました。西イリノイ大学卒業式に出席、ボストン、ニューヨークに4泊して、帰国した。
◆その後早いもので7年以上たちました。昨年2022年5月、小川富二は重度の脳梗塞で倒れましたが、絶望の淵から現在少しづつ回復に向かっており、奇跡の復活も考えられます。本人は倒れる直前までもう1冊天声人語の翻訳本を書きたいと申しげておりました。その願いは叶いそうもありませんが、父に代わりホームページを更新し、33冊の著書のうち、何冊かを電子書籍化したいと思っております